若さゆえの馬鹿げた行為は

<若さゆえの馬鹿げた行為は>

 この頃、“若い時にはあんな馬鹿げたことをしたしまった”と、よく後悔します。
その一方で、“あれが青春の証だったかも”、とは思うのですが・・・。

 そういえば、“若者が、何故、馬鹿げた事を平気でやるのか?”について調べた研究報告がありました。

 心理学の研究で有名なコーネル大学のValerie F. Reyna教授らが、心理学誌Psychological Science in the Public Interestに報告したものです。

 教授らは、“10代の若者は何故、馬鹿をするのか? いけないと知りながら、たばこや麻薬を吸ったり、避妊を考えずにセックスしたり、飲酒運転や無謀な運転をするのか?”をテーマに研究しました。

 その結果、若者達は、そのような行動自体危険なことを熟知しており、また自分は不死身ではないことも充分感じてはいるものの、ついついそのリスクを犯してしまう、という結論に達しました。

 そして、若者がリスク判断を行う際、可否の結論に達するまでに、成人よりも時間がかかる事がその理由である事が明らかになったそうです。

 また成人の場合は、ハイリスクな行動を伴う際には本能的にそのリスク判断出来るのに対し、青少年ではリスクと利益の比較を熟考し、そのために時間がかかることが最大の理由であるとしています。

 すなわち、成人が意思決定をする場合は、体験に裏付けられたファジーな判断が基礎となって直感的に判断するのに対し、若者の場合は個々のファクターの一つ一つを丹念に考えるため、逆効果となるのではないかと述べられています。

 また、別の論文では、患者さんの検査結果などの情報があまりない時に、医師が的確な診断を行うためには、善悪を明確に分けて個々の状況に惑わされないことが重要である、とする研究もあるようです(実験心理学誌Journal of Experimental Psychology)。

 そのような思考を摂らないと、患者さんを前に、日々の、そして緊急事態での的確な決定が出来ないとしています。

 実体験のない若者が目前のリスクを的確に判断するには、理性に基づいた分析方法ではなく、リスクをカテゴリー化して、善悪を明確にした判断基準を採用する方が、より間違った判断をしないのではないか、という訳です。


 でも、リスクを恐れるあまりに、自分の体験を基にして、自分の頭で考えることを止める事の方が、不自然のように思えます。
青春の時の失敗にもそれなりの意義があるのでは・・・。